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リストラくそくらえ
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リストラくそくらえ!(1997年~2002年)

宅配のめがねやさん設立時の実話です。


お楽しみいただけたら幸いです。



1997年のことです。


霞ヶ浦がパラダイスの頃でした。


当時はコンタクトレンズメーカーの営業マン。


霞ヶ浦で毎日釣りがしたくて水戸(営)に転勤願いを出し、一度は認められたものの土壇場で却下され、失意の下?に退職しました。


そこで平日休みの会社に転職したのですが、そこでは翌日釣行だと会議も残業もパス。


売り場の予算は達成していましたが、会社でそんな勝手が許されるはずがない。


にもかかわらず、「オレが売り場の予算を達成してるんだ。」


なんて態度でいたから、反感買うのは当然のこと。


売り上げの伸びにかげりが見えてきある日、事務所に呼び出されました。



「お前、何が気に入らないんだ?


ウチが気に入らないなら、無理にいてもらわなくてもいいんだぞ。」 



なんだよ、やぶからぼうに。


毎月、予算は達成してるでしょ?



そんなこと考えてるから、面白くなさそうな顔してたんでしょう。


社長の言葉が続きます。



「おまえは人の使い方が下手だ・・・なんでも自分でやろうとする。



それでは、若い奴が育たない。



お前の存在は会社にとってマイナスだ。」 





なんだと?



そんな理由で辞めさせたいのか?



悪さ(犯罪)したわけではないので、クビにはできないだろ?



でも・・


社長は自分の過去のミス?を並びたて、それに対する責任を取ると言う形で辞表を出すようせまってきた。


もちろん・・・



辞めることは断りましたよ。


娘はまだ小さいし、この職場は居心地良かったし。


しかし・・・


いくら辞める気はないと言っても話が終わらない。


辞めると言わなければいけない流れになっている。



やや焦る。



むかついてた気持ちが、だんだん不安に変わってくる。



なんか・・・・・やばい。(汗)



目の前が暗くなってきた。



もはやしゃべる気力さえも失せてきた。


会社は用意周到に準備をしていたようだ。


辞職に追い込むための段取りがあったらしい。


何言われても、なるべく黙っていた。


身に覚えがないことが多くなると黙ってられず、口を開く。


しゃべると言い返される。


信じてもらえない。


そして・・・最後は必ず辞めて責任を取れ!という話になる。


無言のまま座っていた。


何言われても。


不安、焦り、落胆、そして・・・屈辱。


黙ってると認めたことになるけど、言い返しても否定されるだけ。


結論は同じ。


面倒くさい。


この日は、最後の最後まで辞めるとは言わなかった。


言えなかった。


長い沈黙の後・・・1週間の休職を命じられた。



「頭を真っ白にして、今までの態度を悔い改めた反省文を書いてこい!!」 


反省文って・・・



俺、何か悪いことしたのか?



アホくさ。



でも・・・



辞めたくないから書かなきゃ。




突然の1週間の休み。



どうしよう?






本来なら反省文書いて過ごす1週間。


釣りに行っちゃいました。


霞ヶ浦に。


3月第1週目だったから、ウェーディングしても水がまだ冷たくて、全然釣れませんでした。


延方水路でのおかっぱりで小バスをバズベイトで1匹釣っただけ。


「これが5月だったらな~」なんて事、考えながら1週間過ごしました。


自身の立場がやばいと認識してはいたものの、悪いことした覚えがないので、反省文なんか書きようがないんですよ。


そんなこんなで1週間の休職後、再び事務所に呼び出されました。



「反省文は?」




・・・・・・・・。





いや~、1週間、釣りばっかしてましたから。


「反省文は書いてません」としか言えない。



何とか復帰させたいとがんばってた役員が思わず頭を抱え込んだ。


社長?


社長は内心、喜んだことでしょう。


辞めさせやすくなったんだから。




「失業?…このオレが?」



今、この場で「辞めます!」と言えば確実に失業するこの瞬間。


一生のうち、そうそう経験するものではありません。


辞めるつもりは一切、なかったけど、過去、何年にもさかのぼって自分の欠点を並べまくり、何とか辞めさせようと必死な社長の顔を見てて考えていました。


事務所の机をひっくり返して出て行くか?


それとも、


土下座して置いてもらうか?



どうしようかな?



あれ?



なんだろう?



今日の俺、すごく落ち着いてる。



先週のような不安とか・・焦りとか・・落胆とか・・怒りとか・・全然ない。


なんかどこか・・他人ごと。


とにかく自分の存在がいかに会社にとって不利益かを、何度も何度も説明してくる社長の顔を黙って見ながら・・



さぁて・・どうしようかな?



そんなこと考えてました。






いきなりの失業は困る。


家族の生活があるし。


世間体もあるしね。


でも、今回の事は自分にとっては言いがかり。


俺ってそんなに悪者なのか?


ただ、社長に嫌われたというだけで、ここまであら探しをされないといけないものなのか?


身に覚えがあることや、ただの濡れ衣・・


よくぞ、そこまで探してくるもんだ。


社長は俺を辞めさせたいために、こんなにも一生懸命なんだな。



もう・・・・



面倒くさい。



小さな会社で社長に嫌われるというのは・・こういうことなんだな。



そういえば、今までもこの会社は社長に嫌われて辞めてった社員がいたっけ。



あいつはああで、こうでと色々、悪口を聞かされてたけど、こんな感じで辞めさせられたのかな?



それより・・・



何が一番、自分にとって得だろう?


ボロクソに罵倒されながらも・・必死に考えた。



もう・・・いいや。



あれこれ言われ、悔しさと、悲しみと、怒りが複雑に絡み合い、背中からス~と、何かが抜けていくのを感じました。



辞めるしか・・ないな。



その後、口元を震わせ、絞り出すような声で言いました。




「せめて・・・



せめて、家族のために、リストラによる退職扱いにしてもらえませんか?」




失業手当を少しでも早くもらうこと。


自分にとって得なことなんて、それぐらいしか思い浮かばなかった。




敗北?


辞めないつもりだったけど、もうこの会社に自分の居場所は、ない。


何とか早く辞表を出させようとする社長の話を、これ以上聞きたくなかった。


憎しみに満ちた社長の顔を見ながら、自分をこの会社に呼んだ時はあんなにも笑顔だったのにな。


ずいぶん変わるもんだな。


そんなこと考えてました。


自分への言葉の攻撃はまだまだ続いていましたが、まったく耳に入っていませんでした。


きっとこの話し合いは、自分が辞めるまで続くんだな。


もうこんなの嫌だ。



楽になりたい。





何の相談もなく会社を辞めてきたけど、妻は大して驚きませんでした。


翌月から失業手当。


6ヶ月間の支給がせめてもの救いだった。



「ついにオレも職安に行くのか~。楽しみだな~」



強がりついでに3才の娘にもこう言った。



「お前のパパはプータローになったんだよ。」



意味がわかろうはずもない娘はニコニコ笑ってた。



無邪気に笑う娘の笑顔を見て、はじめて涙が滲んできました。



家族のありがたさと今後への不安、くやしさと怒りがこみ上げて複雑に絡み合って・・・



釣りが好きで好きで・・・



調子に乗りすぎて・・・



自らが招いた悲劇というか、自業自得というべきか。



小さな会社で調子に乗って、社長に嫌われた哀れな末路でした。






翌日から予定がなくなるって・・・・



「自由」ではなく「遭難」。



翌朝、目覚めはすこぶる悪かった。



「夢じゃなかったんだ。」



辞めるしかなかったのですが、気持ちの整理は全くついていなかったんです。





眠たくなると寝て、起きたくなったら起きる。


腹が減ればメシを食うという動物のような生活が始まりました。 


一見、夢のような生活だったけど、先の見えない毎日の繰り返しは大変、苦痛。


独立か?再就職か?を決めかねていた頃、元スタッフから連絡があった。



「自分も辞めたよ。何か自分でやるんでしょ?



手伝えることはない?」



元スタッフとは家族ぐるみの付き合いをしており、彼女の両親からは「早く自分でやれ!」と脱サラを勧められており、辞めた以上、当然、自分は起業すると思い込んでたみたいです。


就職活動か、起業か、決めていないとも言えず、



つい・・・


見え張って・・・




「独立するので手伝って欲しい!」 と。




前職場を辞めた彼女を受け入れることは・・


前の会社にちょっとした仕返しができる気がして痛快でした。



人間小さいね~(笑)



きっかけはともあれ「起業する」ことがこの日決まりました。



問題は何をするか?・・・である。



ザラおやじの手持ち資金は100万円。



100万では何もできない。



銀行に相談に行ったけど、担保がないから借りれない。



自己資金の少なさもネック。



お金がないから借りに来たんだけど、お金がないのは起業において、真剣さも足りないということらしい。


まぁ、成り行きで起業しましたから。


融資担当者は、言葉こそ丁寧だったものの・・何しに来たの?てな感じ。




100万で出来ることって・・・




ない!






いくら考えてもアイデアが浮かばず、起業をあきらめかけた頃、スタッフが言いました。



「100万で検査機械とフレームを買おう!



それを車に積んで、メガネ作りたい人探してまわろうよ!



お客さんもわざわざお店に行くより、来てもらった方がきっと楽でしょ?」






「フレームだけで最低100万かかるよ。検査機はどうすんだ?」



スタッフはたちまち答えに困ってしまった。




・・・・・・。





しばし沈黙の後、彼女は言いました。



「それを何とかするのが、社長の仕事でしょ?」 



さらにこう言った。



「じゃあ、どうすんのよ。何ができるの?



他にいい方法があるの?」




逆ギレである。




やるしかなかった。




この無謀なアイデアを形にするしか起業への道は残っていませんでした。




嘘みたいな話ですが・・・





本当なんです。






起業へのの道が残されたこと。


何をするかわからない不安な毎日を過ごすより、やる事がある・・ことがたまらなく嬉しかった。



手持ちの100万はフレームの仕入れに、一瞬で消えました。



さて・・・



検査機をどうしよう?



ないと仕事になりません。



検査機を買うお金がないならば・・・





誰かにゆずってもらおう!




それしかありません。




知り合いのメガネ屋仲間に電話をかけまくり、起業に至った経緯を話して、中古で使ってない検査機を無料で譲ってもらえないか?



それこそ、恥も外聞もなく電話しまくりました。



あるとこには余ってるもので・・・



見た目は悪くても、使用に耐えうるもの、検査に必要なものは全て、手に入れることができました。




検査機器にフレーム。




準備完了です。




あとは・・・




メガネが欲しいお客さんを探すこと。






ところが・・・・・





世の中甘くない。





当初1ヶ月は自分とスタッフのコネで知人にポツポツ売れたけど、2ヶ月目からあてがまったくなくなりました。




メガネが欲しかった人には「メガネの宅配サービス」は非常に好評でした。





ただ・・・





店舗がないから、一般のお客さんと知り合う機会がないんです。




無店舗が災いして、チラシをまいても会社をまわっても、怪しまれるだけ。




行くとこなくて、することなくて、




喫茶店で2人してダベる毎日が続きました。





「今日どうする、どこ行く?」



「○○でも行ってみる?」



「でも○○は‥‥だし」





「‥‥‥‥‥‥」





こんな会話のくり返し。




売上がなくても、スタッフに給料は払わないといけない。



サラリーマン時代に貯めた預金を、次々に解約する羽目になりました。




それでも足りなくて、親に頼み込んで300万借りました。





が・・・・・





それすら使い果たし、残り90万になった頃、忘れもしない事件が起きました。





       ~続きはこちらより~




投稿日2007/06/03
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